5羽の子を必死に育てている親の愛
それをじっと暖かく見守っている人間の愛
山雅をこよなく愛するサポーターの愛
俺の親友のA君は 松本市内で とある店を営んでいる
その店先の端っこに ツバメの巣があり 5羽の赤ちゃんツバメが
育てられている
先日 そのA君に 前の店主が 多分おたくのツバメと思うが 先ほど
交通事故にあい 死んでいるとの連絡が入った
早速死骸を確認するため かけつけたが A君の家のツバメかどうか
さすが判断できなかった
とにかく 自分の庭に葬ってやったという
その後 自分の家のツバメかどうだったか 観察を始めたそうだ
曰く 交互に運んでいたはずの餌の回数が 極端に少なくなっていたので
死んだのは 自分の家のツバメの片親と断定したという
片親が育ちざかりの5羽の 餌と自分の餌を 街中で確保することは
容易でないことは察しがついた
加えて その赤子を狙うカラスを追い払う仕事が増え てんてこ舞いしている
親鳥の様子を見てAは 店の見ばえも考えず ヨシズでツバメの巣を囲って
やったという
一昔前までは つばめが玄関先に巣をつくると その家は栄えるといい 歓迎
したものだが 最近では 糞が落ちることが嫌われ 市内では営巣できないよ
うにしている家も多くなっているようだ
人は Aを つっけんどんな彼というが 調子ものの俺より よほど人間が出
ていて奥深いし その人柄を尊敬している 今回の事故でも そのことを改めて
再認識した
親ツバメも(母子手当もなく)苦難であろう ヒナ君も 多少ひもじいかもしれないし
一抹のさみしさもあるかしれない A君も思うような 手助けもできず 紋々とした
日が ひとしきり続くであろう
今日も一寸様子伺いによってみた
青空に 一羽のツバメが燕尾服を着て 新幹線並みのはやさで 飛び回っている
姿があったし 巣を覗くと いがぐり風の体をして きいろい口を大きくあけ
えさを求める姿があった まさにこれが自然界 そこにはあまりにも すがすがしい
愛が行き交っていた
元気に巣立て若鳥 子育て頑張れ親鳥 巣をみては心配顔のA
今日も 明日も 三者三様の姿が見られることを願い エールを送りたい
話は360度 転換するが 山雅4連敗のあと 田中隼磨選手のコメント記事に
応援席にブーイングがなかった こんなサポーター今まで見たこともないし また
聞いたこともないと 表現し きこえて来ない声で 頭中蒼白になったと 書いてあった
応援とは 言葉やパフォーマンスだけでなく 過度の手だしをせず やさしく見守って
あげることも励ましのようだ あの大勢のサポーターが そのこころを知っていて
ブーイングどころか 選手がピッチを後にするまで 励ましの応援歌を歌い続けた
サポーターは聖人の域をも超えた存在であったように思えた すばらしい
孔子の人生訓に 五十にして天命(知命)を知る の一節があるが ツバメの話
といい ブーイングの話と言い こころの持ち方というか あり方というか
何かを考えさせる テーマになった
心温まる話題であるし しあわせの気分を十分味わえる一時でもあった
にほんブログ村
よか ポン ください
0 件のコメント:
コメントを投稿